静岡地方裁判所 昭和33年(行)18号 判決
原告 高橋正男
被告 国
訴訟代理人 館忠彦 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、七、六八八、八四三円およびこれに対する昭和三三年六月二六日以降右金員の支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「一、原告は別紙第一表記載AないしGの土地および右土地のうちGの土地の上に、別紙第二表(三)記載の物件を所有していたところ、訴外静岡県土地収用委員会は、昭和三三年六月七日に、起業者を建設大臣、相手方を原告とする一級国道一号線改築事業吉原市地内の土地収用についての裁決申請事件について「別紙第一表記載AないしGの土地のうちAの土地一反一畝二八歩、Bの土地三畝一一歩、Cの土地一〇歩、Dの土地五畝二九歩、Eの土地一歩、Fの土地四六坪三合三勺、Gの土地一反二畝四歩を、右事業のため収用するものとし、損失の補償を三、三七五、六二三円(その内訳は、別紙第二表「裁決の補償額」欄記載のとおり)、収用の時期を昭和三三年六月二五日とする。」旨の裁決をした。
二、しかし、原告は、右裁決のうち、損失の補償に関する部分は次の理由により不服である。
(一) 収用土地の損失補償
本件収用地附近は、南に砂丘がせまり、北は俗に浮島ケ原と呼ばれた一帯につらなり、水田が多く畑地が極めて少く、その上このわずかな畑地の中に国道と鉄道とが通つて、畑地をますます少くし耕地は零細化しており更に昭和二五、六年ごろから地価は全国的に高騰の一途をたどつたが、特に本件収用地附近の吉原地区においては、大工場が次々にできるほか、田子浦港の開発、株式会社旭化成の誘致などが原因して、地価は非常な高値を呼んでいる現況なので、本件収用地の相当な価格は、別紙第二表(一)の原告の請求の金額欄記載のとおり合計三、七〇八、四八〇円であるから本件裁決のうち前記補償額の合計一、二三二、一七七円は不当である。
(二) 収用残地の補償
(1) 大野新田下ウタリ五二三番の一田一反一五歩は原告の所有に属する一団の土地であつたところ、前記Aの土地の収用により、右五二三番の一の土地の東南の隅および西南の隅に、合せて二〇坪の残地が生じた。
ところで右残地に隣接する同五二三番の二の土地は水田であり、かつ本件国道により他の水田とさえぎられたため、従来の水田としては、給水排水が不可能となつたので、右残地上に土盛りをして畑地として利用しなければならなくなつた。
そこで被告は残地に関して原告に生じた損失ないしは盛土をする必要が生じたことにより、これに要した費用一坪当り一、五〇〇円として二〇坪分三〇、〇〇〇円を補償すべきであるから本件裁決のうち前記補償額の九、六〇〇円は不当である。
(2) 田中新田久保下二九番の一、同二七番の三、同二七番の一の土地は、いずれも原告の所有に属する一団の土地であり、従来、経済的利用価値の高い温室栽培に使用されていたが、前記CDGの土地の収用により残地では温室栽培ができず、かつ右土地は新たに設けられた国道のため日陰になつて、満足な野菜を作ることもできず、不整形になり盛土をして他の用法に転ずることもできないため、その価格が減少した。右減少した価格は別紙第二表(二)の原告の請求の金額欄記載のとおり合計三二九、二〇〇円であるので、本件裁決のうち前記の補償額の合計一八四、八五〇円は不当である。
(三) 物件の補償
(1) 温室と附帯物件の補償
原告は前記Gの土地およびDの土地上に、別紙第二表(三)(1)記載の物件を所有していたところ、静岡県収用委員会は右物件の移転料として、同表(三)(1)の「補償額欄」記載の金員を補償すべきであるとした。
しかし原告は温室用地を入手できないため、温室を移転していないので、移転料としてではなく、建物等の収用補償(土地収用法第七八条)として、収用委員会の補償額にしたがい八七八、四一六円の補償を請求する。
(2) 夏菊の補償(立毛補償)
原告は前記C、Dの土地上に、収穫直前の夏菊東亜種一五、〇〇〇本を栽培していたが、これを移転することが著しく困難であつたので、その収用を請求した。
右夏菊の裁決時における収益見込は、売上見込額一五〇、〇〇〇円(一本について一〇円)から苗代一五、〇〇〇円(一本について一円)、出荷のための費用五、〇〇〇円、市場手数料一五、〇〇〇円、肥料代二、〇〇〇円を差引くと、一一三、〇〇〇円であつた。そして右金額が裁決時における夏菊の相当な価格であるので、被告は右損失を補償すべきである。
(3) 梨樹の補償(果樹補償)
原告は前記Aの土地上に二年生の梨樹九〇本を八年間植栽していたが、本件収用によつてこれを堀取ることを余儀なくされた。右梨樹の価格は一本について一、五〇〇円、九〇本分合計一三五、〇〇〇円であつた。そして右金額は裁決時における梨樹の相当な価格であるので被告は右損失を補償すべきである。
なお原告は裁決時前の昭和三二年春ごろに右梨樹を堀取つているが、これを堀取つたわけは、大野部落の国道委員を通じて前記Aの土地は収用されるから早急に梨樹を撤去するように督促されたためであるから、裁決時に存在していなくても、なおその補償を請求しうるものである。
(四) その他通常受ける損失の補償
(1) 離作料
原告は前記ABの土地を収用されたことにより、離作することになつたので、右土地の年間収益額一反について一年一五、〇〇〇円、六年分一三一、七〇〇円として合計九〇、九〇〇円の損失を蒙つた。
よつて被告は右損失を離作料として補償すべきである。
(2) 温室経営中止による損失補償
原告は前記Gの土地上に八二、五坪の温室を所有し、温室経営に従事していたが、収用により右経営が不能となり、営業休止のやむなきにいたつた。
温室経営は、水田や畑の耕作とちがつて、まとまつた資本、特殊な技術、それに条件に適つた土地とも要するもので、温室経営から離れるばあいは、たんに年間農業収益額の数年分として算出されるにすぎない離作料を補償されるだけでは足りず、温室経営による年間収益額を基準とすべきであるところ、原告は昭和二九年八月下旬から昭和三〇年八月中旬まで一カ年の間に、別表第三表算出のとおり、一、九二六、四九〇円の収益をあげた。
温室経営中止による補償は、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準を定めた建設大臣の昭和二九年五月一九日訓令第二〇条第二項に「離作料の額は、その農地を利用して得られる年間農業収益額の三年乃至六年分とする。」とあるうち期間の点を、参照すると、年間温室経営の三年分とするのが妥当である。
とすると、原告の温室経営中止による損失は五、七七九、四七〇円となるので、被告は右損失を補償すべきである。
三、よつて被告は原告に対し以上合計一一、〇六四、四六六円より本件裁決による補償額三、三七五、六二三円を控除した七、六八八、八四三円およびこれに対し収用の日(所有権移転登記の日)の翌日である昭和三三年六月二六日以降右金員の支払済まで、民事法定利率である年五分の割合による金員の支払いを求める。」
と述べた。(証拠省略)
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
「一、請求原因第一項の事実はすべて認める。
二、静岡県収用委員会の裁決による本件補償額は正当である。
(一) 収用土地の損失補償
被告は裁決当時の吉原市における近傍類似の土地の取引価格等を考慮して時価相当額を調査し、別紙第二表(一)被告申請単価欄記載の割合による補償額を申請して裁決を求めたに対し静岡県収用委員会は訴外株式会社日本勧業銀行勤務の鈴木信市の同表(一)の鈴木鑑定人単価欄記載の鑑定の結果その他二名の鑑定の結果を参考として、収用土地の損失補償を定めたものであつて、右裁決の補償額は正当である。
(二) 残地補償
(1) 請求原因第二項(二)(1)の事実は補償額の点を除いてすべて認める。
前記Aの土地の残地は周囲の土地との関連上、〇、三五メートル程度の盛土を必要とするものであつて、裁決時における盛土に要する費用は一坪あたり〇、三メートルについて三〇〇円ないし四〇〇円であるから、本件残地の盛土に要する費用は、一坪あたり四六六円六六銭で十分であつた。したがつてそれを上廻る本件裁決の補償額は正当である。
(2) 請求原因第二項(二)(2)のうち、久保下二九番の一の土地のうち、新国道沿いの一部が日陰になつて経済的価値が減じたこと、右残地その他の残地が不整形になつたことは認めるが、その余は争う。
本件裁決は右の点を考慮して補償したもので正当である。
(三) 物件の補償
(1) 別紙第二表(三)記載の物件について本件裁決の損失補償額が原告主張のとおりであることは認めるが、右補償が建物等の収用補償であることは否認する。原告の温室経営は同人所有の下ウタリ五二三番の残地において継続可能であるからそのための移転補償費として被告は原告主張の損失補償額および動産移転に要する荷馬車四台分の費用一、六八〇円の合計八八〇、〇九六円を補償すべきである。
(2) 請求原因第二項(三)(2)の事実はすべて争う。したがつて原告主張のような立毛補償をする理由はない。
(3) 請求原因第二項(三)(3)の事実のうち、被告が大野部落の国道委員を通じてAの土地上の梨樹を撤去するように督促したことは否認する。その余の事実は知らない。したがつて原告主張のような果樹補償をする必要はない。
(四) その他通常受ける損失
(1) 請求原因第二項(四)(1)の事実は認めるが右損失については既に補償済である。
(2) 同項(四)(2)の事実のうち、原告がG土地上に八二、五坪の温室を所有し、温室経営に従事していたことは認めるが、その余の主張事実は否認する。
原告は本件収用により温室経営が不能になつたと主張するが、原告所有の下ウタリ五二三番の二の残地において継続して運営できるものである。すなわち、右土地は三角形ではあるが二六二坪九合八勺もあり、従前のG土地上の八二、五坪の温室およびその他の設備を移転しても通常温室経営に要する面積である温室建坪の三倍より広く、日照方位も従前の温室よりむしろ良好であり、両屋根式温室経営にも支障なく、従前の温室より居宅に近くなるのであるから、温室経営を中止する理由はない。
かりに、原告の温室経営が本件収用により継続不能となつたとしても、
(イ) 原告が生業としていたと主張する温室栽培は、昭和三一年から昭和三二年において温室がありながら、ほとんど使用していないのであるから、昭和二九年度における温室経営による収益を根拠として、補償を請求することはできない。
(ロ) 原告の温室栽培および農業経営による所得の申告は、昭和二九年度一九九、〇〇〇円、昭和三〇年度三三九、八〇〇円、昭和三一年度三〇六、〇〇〇円、昭和三二年は温室栽培による所得は計上されていない点から、原告主張の収益はなかつたものである。
(ハ) かりに原告主張の収益があつたとすれば、下ウタリ五二三番の二の土地においても同額の収益をあげうるはずであつた。したがつて被告は原告に対し温室経営中止による補償をする必要はない。」
と述べた。(証拠省略)
理由
一、請求原因第一項の事実は当事者間において争いがないので、以下補償額の当否について検討する。
(一) 収用地の損失補償
鑑定人田村二郎の鑑定の結果、証人長谷川実の証言および右証言によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第四号証の三(鑑定書)、乙第四号証の五を総合勘案すると、本件収用土地の交換価額は、一、〇七一、五〇〇円と認定するのを相当とする。原告は右土地の相当価額は三、七〇八、四八〇円であると主張するが、これに副うような証人村松吾作、同青木正信の各証言および原告本人尋問の結果は前顕各証拠と対比すると容易く信用できない。また証人北詰新一の証言および同証言により真正に成立したと認められる甲第一号証によると、吉原市大野町三四番地宅地四九坪を、井出武夫に五五〇、〇〇〇円で売却したことが認められ、右事実によると一坪あたり一一、二二四円余となるが右北詰証人の証言および成立に争いのない乙第二号証によると、右宅地は旧国道に面しかつ角地であり、本件収用地より三、四町吉原市中心街によつており、また右宅地上には一五坪の物置があり、井戸が堀つてある上に、一八坪のコンクリートの基礎ができていたことが認められるので本件各土地と同一に論ずることは相当でないと考えられる。したがつて以上認定の諸事情を考察すると右大野町三四番地宅地の売買価格は本件収用土地の補償額算定に際り参考資料とするに適しないものといわねばならない。その他前記認定を覆えすに足る証拠はない。とすると、前記認定額を上廻る原告の請求はこれを認めるに由ないものである。
(二) 収用残地の補償
(1) 別紙第一表記載の大野新田下ウタリ五二三の一の土地が原告の所有に属する一団の土地であり、(2)同表記載の田中新田久保下二九の一、二七の三、二七の一がそれぞれ原告の所有に属する一団の土地であつたことおよび本件収用により原告主張の残地が生じ、その残地の価格が減じ、または残地について損失が生じたことは当事者間に争いがない。
しかして減少した価格ないし生じた損失の額は前記田村鑑定人の鑑定結果(ただし二九の一の評価額二六、二〇〇円とあるは二六、一三〇円を切り上げたものと認める)および前記乙第四号の三、五を総合勘案すると右五二三の一の土地については八〇%、二九の一の土地については七〇%、二七の一および三の各土地については五〇%に当る合計二一〇、六七〇円となることが認められこれを覆えすに足る証拠がない。したがつて本件収用による残地補償としては右損失額を補償するのが妥当である。
(三) 物件の補償
(1) 原告がG土地上に、別紙第二表(三)(1)記載の物件を所有していたこと、右物件の移転料として同表(三)(1)補償額欄記載の補償がなされていることは当事者間に争いがなく、原告は右補償額を超えて、右物件の補償を請求していないので、この点に関する原告の請求は妥当なものと判定する。
(2) 夏菊の補償
証人川合よし、高橋しづゑの証言、原告本人尋問の結果、および成立に争いがなく、原告本人尋問の結果から昭和三三年五月ごろ撮影されたものと認められる甲第二号証(写真)並びに検証の結果によると、夏菊一五、〇〇〇本が本件裁決時において前記C、Dの土地上に植えつけられていたことおよび右菊はつぼみをもつ程度に成長したことを認めることができ、成立に争いのない甲第五八号証および弁論の全趣旨によると、右菊が原告の権原により植えつけられたこと、右菊の移植先がなく菊の移植が著しく困難であつたこと、および原告が右菊の収用を三五、八〇二円で請求していることが認められる。
とすれば、権原により植えつけられ、成長した菊は土地とは別箇独立に補償の対象となり、被告は土地収用法第七八条、第八〇条により、右菊の価格を補償しなければならないところ、右価格は原告本人尋問の結果および甲第五八号証に原告が三五、八〇二円を請求していた前記事実を参酌して考えると、三五、八〇二円とみるのが相当である。
なお、石切山久雄の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の二によれば、同証人は本件菊の植えてあつた土地の鑑定を見落して、追加鑑定をなしているが、追加鑑定においても、その他の鑑定の際のように、立毛評価額に触れるべきはずのところ、何んら記載していない。よつて乙第四号の三によつて、前記認定を覆えすことはできず、その他前記認定を覆えすに足りる証拠がない。
(3) 梨樹の補償
証人高橋しづゑの証言、および原告本人尋問の結果によると、八、九年生の梨樹九〇本が前記Aの土地上に植えつけられており、その価格が一本一、五〇〇円の割合で一三五、〇〇〇円であつたことが認められる。
とすれば、被告は前記(2)で述べたと同様の理由によつて、右価格を補償しなければならない。
(四) その他通常受ける損失の補償
(1) 離作料
原告は本件裁決の補償額を下廻つた額しか請求していないので、その請求は妥当なものと判定する。
(2) 温室経営中止による損失補償
原告が前記Gの土地上に八二、五坪の温室を所有し、温室経営に従事していたことは当事者間に争いがなく、現在温室経営をしていないことは弁論の全趣旨から明らかである。
一般に、温室所在の土地が収用されたばあい、収用地の損失、物件の損失以外の通常受ける損失は、他に温室設置の土地が到底求めえないことが明らかな場合は格別、収用地の土地代および温室などの物件の移転料を受ければ、他に替地を求め、そこに温室を移転ないし移築できるのであるから、結局、右移転ないし移築するまでに要する相当な期間温室を使用できないことから生ずる損失および作付中の作物を枯死させることなどによる損失に限られると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、収用地の土地代(補償費)および物件の移転料が正当であることは、前記説示のとおりであるので、他に替地を求めることが到底不可能であつたかどうかという格別の事情の有無について考察する。
ところで温室設置場所としてはその土地が温室栽培者の近隣に存在すること、日照が豊富であること、排水のよいこと、温室建物敷地の三倍程度の面積があること等が、必要条件であり、これが満される土地がないとすれば、他に替地を求めえない格別の事情があるというのであるが、成立に争いのない乙第二号証、証人中村新吾、同長谷川実の各証言、および原告本人尋問の結果によると、原告は右条件に適うところとして、原告住所の南方約六〇メートルのところに、一団として存在する大野新田六九〇の一畑四畝一七歩(渡辺彦作所有)同六九一の一畑五畝二三歩(長橋惣吉所有)、同六九二ノ一畑八畝一四歩(新船藤吉所有)を、本件Gの土地の替地として、提供してもらうことのできるよう起業者に要望したり、収用委員会に要求したりしたが、容れられなかつたこと、次に、田中新田二七五の三八畑一反四畝二歩、同二七五の三二畑一反五畝一〇歩の一部が同土地の所有者中村新吾から提供されたが、原告が日照の点を不服として、その申出を拒つたことおよび原告所有の大野新田下ウタリ五二三の一の残地畑九畝二八歩と同五二三の二の残地田(現況畑)二〇歩(坪に換算すると合計二九八坪)が温室設置場所として、推選されていたことが認めえられる。
また前記乙第四号証の四、証人沢井毅、同芹沢高久、同長谷川実の各証言によると、右五二三の一の残地は、(イ)出水時に相当冠水の危険があり、(ロ)原告住所から右残地に至る道路が不備で、その上鉄道を越えて、燃料(石炭)、肥料等の運搬をしなければならないという不便があり、(ハ)右残地は三角形の地形となつたので、温室敷地および温室附帯設備の土地として利用率が低くなつたことが認められるが、(イ)の不都合は盛土をすることによつて解消でき、(ロ)(ハ)の不便はこれによつて、温室の経営ができないことはないものといわなければならない。これと牴触する原告本人尋問の結果は採用しがたく他にこれを左右する資料は本件においてはない。
とすれば、従来温室のあつた場所以外に、替地を求めることが到底不可能であつたという原告の主張を認めえないことも当然である。
したがつて温室の経営を中止せざるをえなくなつたことを前提として、温室経営からあがる利益の三年分を請求する原告の主張は、その前提を欠き、理由がないといわねばならない。
尤も温室所在地の収用により、温室を移転ないし移築するに要する相当な期間、温室を利用できないことにより、損失が生ずることは前述のとおりであるところ、証人長谷川実の証言によると、本件温室の移転に要する期間は、六〇日あればたり、本件裁決時におけるこの期間の損失は、一六五、〇〇〇円位であることが認められる。証人沢井毅の証言および乙第四号証の四のうち右に牴触する部分は採用しがたく、他にこれを左右するに足る証拠はない。したがつて右損失は補償すべきものと判定する。
その他に、温室所在土地を収用されたことにより損失が生じたかどうかについて考えるに、以上のように、収用地の土地代、物件移転費および物件移転に伴つて休作することにより生ずる損失の補償がされる以上、物件所有者ないし物件利用者は、完全な補償をえたことになり、憲法のいう正当な補償を受けたものというべく移転先の不便による補償などは、受けえないものと解すべきである。
なんとならば、前記各補償を受けたとしても、被補償者は、その物件を移転ないし移築せず、営業を中止してしまうことも、その物件を他に移転ないし移築することも、全くその自由であつて、移転ないし移築しなかつたからといつて、その返還を請求されることもなければまた移転ないし移築先が従前の土地より便利であるからといつて、補償額を減額されることもないと同様に、不便であるからといつて、補償額の増額を要求することもできないからである。
とすれば、右以外に温室所在地を収用されたことによる通常受ける損失はないといわなければならない。
(なお、本件では、証人長谷川実の証言によると、前記(イ)の不都合を解消する盛り土の費用が坪一尺あたり四〇〇円の割で、一尺五寸の盛り土二百九十八坪分の費用約一八〇、〇〇〇円が温室移転費中に見込まれていることが窺われ成立に争いのない甲第五八号証によると、(ロ)、(ハ)の不便に対し、六〇〇、〇〇〇円の補償がなされていることが明らかである。)
二、以上みてきたところによると、原告の請求は、
(一) 収用地の損失補償
一、〇七一、五〇〇円(裁定額は一、二三二、一七七円)
(二) 残地損失補償
二一〇、六七〇円(裁定額は一九四、四五〇円)
(三) 物件の補償
一、〇四九、二一八円(裁定額は八八〇、〇九六円)
内訳
(1)温室および附属物件の補償
八七八、四一六円(裁定額は八八〇、〇九六円)
(2)夏菊の補償
三五、八〇二円(裁定にはなかつた)
(3)梨園の補償
一三五、〇〇〇円(裁定にはなかつた)
(四) その他通常受ける損失補償
二五五、九〇〇円(裁定額は一、〇六八、九〇〇円)
内訳
(1)離作料
九〇、九〇〇円(裁定額は三〇三、九〇〇円)
(2)温室経営中止にともなう損失補償
一六五、〇〇〇円(裁定額は休作補償として同額、その他に不便による補償六〇〇、〇〇〇円)
合計
二、五八七、二八八円(裁定額は三、三七五、六二三円)
の範囲内で正当である。
三、ところで土地収用法は被収用者が収用によつて被つた全部の損失を補償することを期するものであつて、収用から生ずる損失の補償は包括的にその範囲を定めるべきものであるから、仮令収用委員会の裁決において補償の項目ごとに各別にその補償額を裁決してあつても全体としての補償額が妥当である場合にはこれを変更する必要はない(大正九年七月二三日言渡大審院民事連合部判決参照)。そこで前段認定の損失補償額二、五八七、二八八円と静岡県収用委員会の裁決額三、三七五、六二三円とを比照すると、右裁決額は補償額を超えているけれども、この点につき被告から不服の申立のない本件にあつては結局右裁決額は正当であつて、その変更を求める原告の本訴請求は理由がないといわなければならない。
よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 大島斐雄 田嶋重徳 大場民男)
第一表
大字 字
地番
(地目
実地状況
土地台帳の地積)
収用する実測面積
A
大野新田下ウタリ
五二三の一
(田
田
一反
〇一五)
の内 一反
一二八
B
大野新田下ウタリ
五二三の二
(畑
田
一
三〇九)
の内
三一一
C
田中新田久保下
二七の一
(畑
畑
三〇九)
の内
〇一〇
D
田中新田久保下
二七の三
(畑
畑
八二八)
の内
五二九
E
田中新田久保下
二七の四
(畑
畑
〇二五)
の内
〇〇一
F
田中新田久保下
二七の六
(宅地
宅地
一六四坪
〇二)
の内 四六坪
三三
G
田中新田久保下
二九の一
(畑
畑
一反
三一五)
の内 一反
二〇四
第二表以下省略